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2017年05月26日

橋下徹 VS 苫米地英人 悪質なテレビ編集

2017年1月の橋下徹氏の番組で、橋下氏は苫米地英人氏と討論をしている。
二人とも論理性で売っている著名な論客なわけで、興味深さから視聴した。

ディベートではないけれど、純粋に文字に起こして論理性だけを追ったならば苫米地氏の勝ちだろう。
ただし多くの人はそうは思わないのではないだろうか。

橋下氏は自らがテレビにどう映っていて、どういう風に話せば視聴者が納得性を持つかというのを熟知していて、それを徹底的に使いこなしている。
なので終始橋下氏のほうが落ち着いていて、的確にゆっくり内容を吟味しながら話しているように見える。

けれど中身はそうではない。

一番顕著なのは、政治家は100年後、200年後のグランドピクチャーを描くのが本来の仕事で、それはテレビでガンガン言っていい、という苫米地氏に対して、最初にそれは言ってはいけないと言ったじゃない、と失笑まじりに反論する橋下氏。
ここで討論は終わる。

しかもテロップでデカデカとこの流れを出して、あたかも苫米地氏の意見が一貫していないかのような編集をする。

苫米地氏はそんなことは一度も言っていなく、政治家は一つの政策等について強く言うのは避けてほしい、と言っているだけに過ぎない。

ただこれも苫米地氏が早口過ぎて注意深く聞いていなければ聞き流してしまいそうな部分ではあるが。

ディベートでは大いに有利になる早口も、こういう素の討論では聞いている側に、この人は感情的にまくしたてていると思わせて不利に働く。
実際、苫米地氏はかなり早口でまくし立てて喋るので聞き取りにくい。

司会が有能なら議論の錯綜を補正できたろうが、ただのアナウンサーであったため、終始議論は平行線のまま進む。

そして悪質な編集により、橋下氏が勝利したかのような印象で討論は終了する。
視聴者を誘導したい意図がみえみえで、何とも不快な編集だ。

もっと有能な司会を立てて、それぞれの話し手の述べていることを即座に理解してもらい、議論が噛み合うよう誘導してほしいところだ。





posted by tom at 05:32| Comment(0) | 思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

ドラマに豪邸がよく出てくる理由

ドラマを見ていると現実社会との歴然とした差に気付く。

刑事や大学教授といったサラリーで生きている普通の人間がかなりいい家に住んでいるのだ。

海外ドラマで顕著だが、日本のドラマでもこの傾向は強い。

家だけではない。
車も着ている服もつけている時計もみな一級品だ。
これが経営者や著名な投資家などのエスタブリッシュメントならまだ分かるが、そうではない一般の人という役柄であってもこの傾向は強い。

なぜなのか。

これはもうドラマそのものがCMの役割を果たしているのである。
ドラマに出てくる瀟洒な邸宅や食事が人々の消費欲求を刺激する。

まさに消費社会の一大広告、それがドラマなのだ。
身近な役という設定でありながら、その生活水準は異様に高い。

あなたもこんな生活がしたくはありませんか、まさにそう問いかけてくるかのようだ。
posted by tom at 22:45| Comment(0) | 海外ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

プリズンブレイク シーズン5 第7話

huluで試聴中。
まずはざっくりあらすじ。

砂漠からの脱出途中で負傷したマイケル。
緊急に輸血が必要なためリンカーンがサラを呼び、ギリシャのクレタ島で落ち合うことに。

ここでマイケルとサラ、感動の再会。
何やらあっけない。
マイケルは一命を取りとめ、サラの夫がポセイドンだと告げる。
マイケルはスクレに頼みクレタ島から船で脱出するも、アメリカ空軍に突撃されあわや捕まるか、というところで、スクレの機転で危機を脱する。
サラは一旦家に帰り、銃をつきつけ夫を問い詰めるも、子どもを人質にされ銃を下ろす。

ここまで。

マイケルほどの頭脳がありながら、ポセイドンの言いなりに死亡工作をしてサラの前から姿を消すというのが何とも不自然。
ポセイドンは今のところそれほどクレバーにも見えないし(ティーバッグに写真撮られたりしてる)メッセージを残したり出し抜いたりすることくらい容易だつたのでは。

いまいちのれない感じなのはこの無理やり設定のせいだろうか。
ポセイドン、あっさり正体がばれるところ小物感満載だし。

このシーズンは9話で終わるようなのでこんなものか。


posted by tom at 12:55| Comment(0) | 海外ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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